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J-POPが生まれる前のJ-POP
彼女達が居たから、きっと今のayuがいるんだ!

このコーナーでは、J-POP夜明け前の80年代から90年代くらいの日本のアーティストを紹介していきたい。もちろん我々のオススメの人達ばかりだ。

気になったら中古でもいいから彼女(彼)たちの曲を聴いてみて欲しいんだ。
今につながる何かをそこから聴き取ることができるかもしれないよ。

●Vol.13(2003/1/22公開)
■■リスト■■
Vol.18(奥井亜紀)
Vol.17(佐藤聖子)
Vol.16(ELLIS)
Vol.15(都築恵理)
Vol.14(辛島美登里)
Vol.13(槇原敬之)
Vol.12(平松愛理)
Vol.11(小松未歩)
Vol.10(片桐麻美)
Vol.9(AK〔柿原朱美〕)
Vol.8(渡辺美里)
Vol.7(米屋 純)
Vol.6(遠藤響子)
Vol.5(井上昌己)
Vol.4(篠原美也子)
Vol.3(谷村有美)
Vol.2(川村結花/永井真理子)
Vol.1(加藤いづみ/今野登茂子)

槇原敬之
1969.05.18生
槇原敬之写真

[→オフィシャルサイト]
初の男性アーティスト登場!とさせていただきます。1990.10.25にシングル「NG」とアルバム『君が笑うとき 君の胸が痛まないように』(ワーナーミュージック 1990.10.25 Release)でデビューをした槇原敬之。「どんなときも。」(ワーナーミュージック 1991.06.10 Release)のヒットで一躍有名になった彼は、そんなにも強い人間ではなかったのかもしれない。

1999年8月のあの出来事がなかったら彼は今は違うポジションにいたのだろうかと思うことがある。出来事についてはコメントしないが、それまでの彼の人気が、一気にベクトルを変えるほどの事件となり、彼自身も彼の曲も一時的に音楽界から姿を消した。しかし、根強いファンが多くいたと思う。彼は復活をした。
2003年はミュージカルの音楽監督を行い、CONCERT TOURも再開している。決して、良い出来事ではなかったが、彼の音楽を本当に望む人だけが残ることになったように思える。

彼の綴る言葉は、いつもリアルである。歌詞を書く上で、一番難しいのはリアル感。エピソード。使い古されていないのに、ありそうに思わせる出来事だ。例えば、彼の初期の歌詞にある「僕のセーターの袖を君がひっぱる強さで歩く早さを決めていた」(「12月の魔法」アルバム『君が笑うとき 君の胸が痛まないように』)や「次の雷が鳴るまに数を数えたあの頃は」(「雷が鳴る前に」アルバム『君は僕の宝物』(ワーナーミュージック 1992.06.25 Release)より)のような表現だ。日常の小さな事実を言葉に変えることが、上手い人だと思う。

そして、3枚目のアルバムにおさめられている「三人」という曲。初めて聴いたのはライブだった。CDの発売を心待ちにした。自分自身が上京を夢見た頃、彼の上京物語的なストーリィは私の背中を強く押した。まだ、デビュー前の彼を励ましたエンジニアとデザイナーのカップルは、実在したと当時聞いた記憶がある。

時間が流れて、多くの出来事が彼を襲って、そこから新たに生まれるだろうある言葉やメロディ。流行歌ではなく言葉が残る歌として彼の曲をまた、聴きたいと思う。(みど)

●文中の槇原敬之のシングル/アルバム
シングル「どんなときも。
アルバム『君が笑うとき 君の胸が痛まないように
アルバム『君は僕の宝物

働く女性が選んだ槇原敬之15曲
http://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/makihara/



●メッセージ募集
 槇原敬之に関する推薦メッセージや思い出話、コメントなどを募集しています。
 [→書き込みする]
らくがき人生さんより(2003/2/4) マキハラ君の「どんなときも。」というタイトルを見るたび矢野顕子の「どんなときも どんなときもどんなときも」を思い出します。
デモテープを坂本龍一氏のラジオ番組に送った彼でしたがアッコちゃんも尊敬しているのでしょうか?
女将さんより(2003/3/8) らくがき人生さんが、「マキハラ君はアッコちゃんも尊敬しているのでしょうか?」と尋ねていましたが、マキハラ君は矢野さんのことを「尊敬しまくっている」んですよ。
「歌う槇原敬之」(小貫信昭 著・ソニーマガジンズ)でマキハラ君本人が語っています。

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